電卓のちょっと良い話

電卓のちょっと良い話とは?

当サイトは電卓にまつわるちょっと良い話を集めたサイトです。
電卓は身近にあるアイテムで、あまり意識しないことも多いですが、意外にもたくさんの物語がそこにはありました。
気になるエピソードから自由に読んで頂き、多くの人に楽しんでもらえれば幸いです。

  • 『All Clear したい過去』 小学2年生になった春、初めて電卓を触りました。ピンク色でスケルトンの電卓。電卓の左上「AC」が お気に入り。数字が「0」になって、初めから計算できるのが楽しくて。ある日ふと「AC」って何の略なんだろうと気になり、祖母に「ACって何?」っと尋ねました。すると祖母が、「A(あるやつ全部)C(キャンセルや)」と。20歳になって銀行に就職。支店の皆に思いっきり笑われ、私のあだ名は「あるキャン」になりました。 兵庫県 あるキャン(元銀行員、現在主婦)
  • 『電卓でカルチャーショック』 小学生の頃から算数が苦手で、学年が進むにつれてその傾向が強くなりました。特にテストの時は焦って単純な計算ミスを連発してしまい、点数はいつも散々でした。高校生の時にアメリカに1年間留学したのですが、なんと数学のテストの際に電卓の持ち込みが可能!ところ変わればこうもルールが変わるのか、とカルチャーショックを受けたことを昨日のように覚えています。留学中は電卓のおかげで数学が少しだけ好きになれました。 東京都 ウリ子(主婦)
  • 『「うぉ~っ」これが太陽電池電卓なんだ。』 最近では当たり前の太陽電池電卓。初めてこの世に出てきた時、誰もが、太陽電池で本当に動くの?なんて思った人たちはたくさんいるはず。心わくわく電卓を片手に昼間は「うぉ~っ」驚いて、夜になり部屋の明かりでまたびっくり、押入れの暗いところに入って…やっぱり暗いところはだめなんだって思い知らされたり。最新の電卓を持っているんだという優越感に浸ったり、周りの友達に自慢したり。私の楽しい電卓の思い出です。 海外 SHIMAGIRL808(専業主婦)
    『自分だけこんな電卓?』 大学時代、簿記2級の試験を受けることにした私。電卓を安く調達しようと思い、100円ショップに行きました。当時、100円ではカード式電卓しか売っていませんでしたが、計算できるからいいかと思い、その電卓で独学しました。試験当日、会場に行ってびっくり。みんな立派な電卓を使っているではないですか。カード式電卓を両手で持って使う私は異質だったことでしょう。それでも使い慣れていたおかげで無事に合格できました。 滋賀県 スティル(主婦)
  • 『おばあちゃんの大きな電卓の音が好きでした』 10年前に亡くなった私のおばあちゃんは田舎で小さな食品店をやっていました。私はおばあちゃんっ子だったので、いつもお店に居て、おばあちゃんの手伝いをしていました。会計用の大きな電卓があり、それでおばあちゃんはお会計をします。カタカタと指で押すたびに大きな心地よい音のする電卓でした。おばあちゃんが亡くなった時、その電卓を形見にもらいました。電卓を触ると、おばあちゃんの優しい手を思い出します。 東京都 RUNRUN(会社員)
  • 『電卓vs暗算?!子どもと大人の計算対決!』 子どもの頃、いとこたちとウノをしました。一人あがると残りの人は手持ちのカードを計算するルールで、数字カードと1枚10点の英語カードで計算することになっていました。私たちが電卓をたたいているのを父親たちが見て「暗算のほうが早いよ」と一言。負けるものかといとこたちと必死に電卓をたたいて競争しましたが、父親たちの暗算には到底かなうはずもなく、あっけなく数回電卓をたたいただけで負けてしまったのでした。 奈良県 安倍 仲(無職)
  • 『脳裏に焼き付く「アークタンジェント」!』 もう随分前のことですが、電気について学ぶことになり、三角関数の計算ができるカシオの電卓を購入しました。理数系が苦手な私は、それまで三角関数など全く無縁で問題の本質はあまり理解できませんでしたが、その優秀な電卓の使い方を覚えたおかげで解答だけは書くことができました。「アークタンジェント」。何度も教官が発したその言葉の響きが妙に強く印象に残り、埃にまみれながら今も現役のその電卓を見るたびに思い出します。 東京都 Deep Daddy(自営業)
  • 『押せない電卓』 大学生の頃、13年ほど連れ添った愛犬が亡くなりました。ほぼ同時期に、家族で長年愛用していた電卓の3のボタンが、なぜか押された状態で固定されてしまい、使えない状態に。仕方なく捨てようと思いながらも、次第にその存在も忘れてしまい、いつの間にか電卓は行方不明に。数年後新しい愛犬を迎えた際、この電卓が急に引き出しから出てきました。しかもボタンも直っていて、使えるようになっていたという、不思議なお話です。 埼玉県 こちゆう(ライター)
  • 『電卓はよくとおる声をしていました』 小学校低学年のとき、友人が蓋に電卓がついた筆箱を持っていました。キーを押すと数字を読み上げる、文具というよりは玩具に近いものです。休み時間に持ち出しては、間延びした高い声に大いに笑ったものです。でもそれが、テスト中に聞こえたときは驚きました。算数の苦手な友人が計算に使ったのですが、しんとした教室に声が響いてしまい……。みんなの笑い声と友人の困惑顔は、思い出すたび今でも私を和ませてくれます。 静岡県 森田亜紀(書店店員)
  • 『娘にとって、初めてのマイ家電は、電卓!』 写真館で、娘の七五三の写真を撮影。景品として大きな電卓をいただきました。娘にプレゼントしたのですが、彼女にとっては「初めての自分専用の家電」となりました。喜びは格別で、スーパーのレジに見立てて「お菓子は3円です、ジュースは2円です…」などと楽しく遊んでいます。親ばか夫婦は「将来はリケジョ(理系女子)かな?」と噂していましたが、どうやら娘の夢はスーパーのレジ係のようです。 愛知県 電卓郎(自営業)
    『初めてのお手伝い報酬で買ったのが電卓』 我が家では子供たちのお小遣いは、お手伝い1件に付き花丸1個(10円)という報酬制でした。小学1年生になった息子はせっせとテーブル拭きやゴミ捨てなどで花丸を稼いでいました。最初の精算日の時、計算してほしいと50個ほどたまった花丸表を誇らしげに持ってきました。息子がその報酬で自分で最初に買ったのが電卓でした。これで来月から、花丸が何個になっても自分で報酬を計算できると嬉しそうでした。 埼玉県 とみーママ(会社員)
  • 『尊敬する先輩の電卓を引き継いで』 高校卒業後、一般企業の事務員として働いた私は、電卓計算も苦手で計算ミスも多く「安物の電卓」のせいにしていました。ある日、仕事が出来る先輩と一緒になると、先輩の電卓は自分が使用している物と同じ。違いは一つ。長年電卓を打つことによって文字が消えかかったボタン。長い間、電卓を打つことによって今の先輩がいるんだと気づいた瞬間でした。私も先輩に負けないように、日々電卓を打ち込む日々を送っています。 長崎県 みっきー☆(会社員)
  • 『人見知りそろばん少年との交流』 私が中学生だった頃、近所に小学生低学年くらいの小さな男の子が住んでいました。彼と仲良くする為、彼がそろばん教室に通っていると聞き電卓で計算対決を挑むことにしました。彼が中学生の私との計算対決に勝ったことが噂になり、人見知りだった彼の周りにはたくさんの友達が集まってくるようになりました。わざと負けていたということは今でも内緒ですが、電卓のおかげで彼には友達が、私には弟のような存在ができました。 大阪府 りえ(家事手伝い)
  • 『使えないのに捨てられない電卓の話』 我が家には4と8のボタンが欠けて押すことの難しくなった電卓があります。そんな使えない電卓、捨てちゃえばいいのに!と思われるかもしれませんが、シャーペンの先で押せば4も8も表示されます。こんなに使いづらい電卓をなぜ捨てないのかというと、昔飼っていたペットがかじった電卓だからです。ゴムのボタンの噛み心地が気持ち良かったようで、当時は「やられたぁ」と思いました。使いづらくても思い出が詰まった電卓なのです。 東京都 ハム太郎(自営業) / 『電卓占いで一喜一憂!』 小学校六年生の頃だと思います。電卓で占いをするのが流行っていました。「あゆみ」なら「123」というように「あいうえお」を「12345」に置き換えて、二人の数字を掛け合わせる。あとは、それ以上計算ができなくなるまでルートを押す。出てきた数字が大きければ両思い。実は、気になっていたクラスメイトとの相性は抜群でした。電卓の四角い数字を見ていると、何度も数字を出してドキドキしていた休み時間を思い出します。 埼玉県 今野一郎(フリーター)
  • 『人生を変えた電卓』 今から5年前。仕事中友人の家族から1本の電話がありました。友人が脳梗塞で倒れたと言われました。公認会計士試験の前日、最後の勉強中だったと。勉強中だった為電卓を持ったまま倒れた彼。もう公認会計士にはなれません。でも、話せるように毎日頑張っています。そんな彼を見て私も彼の希望になれないかと思い、その電卓をもらってきて公認会計士を目指しています。電卓を叩くたびに前向きな彼を思いだし今も頑張れています。 東京都 学ぶ主婦(主婦)
  • 『1379のヒミツ』 大学生の頃付き合っていた彼が「数字マニア」でした。彼は理系の学生でとにかく数字が大好き。その延長上で電卓も大好きでした。未だに忘れられないことがあります。おしゃれカフェで電卓を取り出し「1379とACを同時に押すとCASIOって出るの知ってる?」と私の前で実演してみせたことです。普段は寡黙なのに数字の話となると饒舌になる彼。当時は理解に苦しみましたが、現在では私の夫となっています。 東京都 さよ子(会社員)
  • 『祖母と一緒に人生を歩んできた電卓』 駄菓子屋を経営している祖母に、最新の電卓をプレゼントしました。表示がなるべく大きくて、太陽電池を使っているもの。時間や税込み表示もできる便利な電卓なのですがとても喜んでくれました。祖母が普段使いしていた電卓は20年近く前のもので、もうボロボロだったんです。「そろそろ引退時期かねえ。この電卓さんにもお世話になった。この店の守り神だよ」と言い、役目を終えた電卓を神棚に供えていたのが印象的でした。 神奈川県 マサル(会社員)
  • 『電卓で有名になってしまったお話』 娘が通っている幼稚園では毎年バザーがあり、レジ係だった私は新しい電卓を持って行きました。バザーは全員が素人で、商品以外のものを売ってしまうことが時々あります。その年は私の電卓をお客さんに売ってしまった人がいて、私は新品の電卓を諦めかけました。数日後、買ったお客さんは電卓に名前があることに驚き、てっきり拾ったものと誤解され、警察に持って行ったそうです。お陰で私はすっかり近所で有名になってしまいました。 埼玉県 今日の売り子(専業主婦)
  • 『青春の汗水を電卓に託して』 大学一年の春休み。私は友人と共にアルバイトに励んでいました。バイトがひと段落ついた頃「私たち今月いくら稼いだんだろうね!」という話になり、電卓を使って給料を計算してみることに。一万、また一万と数字が上がっていくうちに、友人とキャーキャー言いながら電卓に釘付けになっていました。結果、7万円というお互いの給料最高記録額をたたき出し、自分たちの頑張りが数字となって表れたようでとてもうれしかったです。 東京都 ばーむー(大学生)
  • 『電卓で書かれた、数字のラブレター』 大学時代、電卓を手に卒業論文用のデータ集計をしているところに恋人がやって来ました。私は差し入れのケーキを食べたとたん睡魔に襲われ、ついウトウト。目覚めた時には、恋人はいませんでした。怒って帰っちゃったんだ……と、悲しい気持ちでテーブルに目を落とすと、電卓の画面が目に入りました。そこには「0840 114106」の数字。意味は「おはよう あいしてる」。甘い甘い、電卓の思い出です。 埼玉県 アキコ(自営業)
  • 『関数電卓との出会い』 辛かった大学受験を何とか乗り切り、無事志望校(工学系学部)に合格し合格祝いに家族からもらったのが関数電卓でした。「これから4年間、もしくはこの先ずっとおまえの役に立ち続ける電卓だよ」という言葉とともに受け取った関数電卓。その言葉のとおり、大学の実験中、レポート作成中、そして今のお仕事中もずっと、私のそばで私のために答えを出し続けてくれています。 岩手県 うさぎんぐ(会社員)
  • 『我が家の電卓小僧』 旦那さんが会計士ということもあり、我が家には電卓がいくつもあります。そしてうちの1つは息子用。子供は私達が電卓を使う姿を見て育ったおかげ(?)か、大の電卓好きです。けど使う目的は異なるようです。ある時は「ロボット発進~!」の通信機。そしてまたある時は「と・う・さ・ん」と。(パソコン??)またある時はレジに。お気に入りの電卓を持ったまま寝た時には、顔にばっちし電卓のボタンの跡がついていました。 愛知県 はるやん(会社員)
  • 『協力して達成する大切さを教えてくれた電卓』 小学生の頃ある日の朝会で、「今日の算数の時間に、分数計算のできる計算機を全員に配ります。」と先生に言われました。私達はとても喜びました。算数の時間たくさんの計算問題が書かれている紙が配られ、「全員が全ての問題を解いてから計算機を配ります。」と言われました。不得意な子は皆で教え合って、1時間目一杯を使いました。今でもその計算機を見ると、あの頃のクラスメイトの顔を思い出し、嬉しい気持ちになります。 愛知県 くるみ(会社員)
  • 『好きになったきっかけは、電卓でした』 高校の時、数学が嫌いだった。そんな私に、隣の席の男子が「電卓で面白いことができる」と言ってきた。携帯番号を当てる、と言うのだ。まず、携帯番号の090の次の4桁に250をかけて、さらに80をかける。そして、下4桁の番号を2回足す。その結果を2で割ると、なんと私の携帯番号が表示されたのだ。驚いた私を見て、彼が笑った。「ね、数学も面白いでしょ?」それから少しだけ数学が好きになったことは、彼には内緒だ。 東京都 MAMINA(自由業)
  • 『誰もが欲しがったメロディが弾ける電卓』 ちょうど私が小学生の頃に流行りだしたのが画期的な薄型の電卓でした。その中でもクラスで人気だったのはメロディが弾ける電卓です。その当時電卓はかなり高くて持っている子はクラスの人気者でした。私もどうしても欲しくてたまらず、父親に誕生日プレゼントでおねだりしたのです。最初は高いから無理と言われてすっかり諦めていたのですが、誕生日父がくれたプレゼントはあの電卓でした。あの感動は今でも忘れられません。 熊本県 みちるん(会社員)
  • 『宿題のコツは電卓』 「もう宿題終わったから遊びに行ってくるねー」と早々に出掛けた次男。宿題が終わった?もう?と、部屋を見に行くと、宿題の算数のノートと、いつの間に部屋に持ち込んだのか、ガソリンスタンドでもらった赤いミッキーマウスの大きな電卓。ノートを開くと、二桁の足し算なのに、答えだけが書いてある。帰宅した次男「電卓って便利だよね。考えなくていいんだもん!」と大威張り。次男が私に怒られたことは、言うまでもありません。 佐賀県 えるる(主婦)
  • 『電卓の失敗転じて福となる。』 電卓を小学生低学年の子供に貸し与えました。はじめての電卓に興奮して、暇があれば計算ばかりしていました。ある日、算数のテストがかえってきました。計算問題はまるでダメでした。暗算の宿題をすべて電卓でしていたからです。それからは、暗算で算数の問題を解かせ、答え合わせを電卓でやるという方法をとりました。すると子共も楽しいらしく、自分から積極的に暗算問題を解くようになり、成績も上がりました。電卓のお陰です。 埼玉県 さや(会社員)
  • 『胸ポケットにあった父の電卓』 中学生だった私は父親が当時すごく苦手でした。帰宅した父はすごく汗臭くて、そばに寄るのも嫌!なくらい。そんな時、父のつなぎを洗濯機に入れようとすると、胸ポケットから使い古した電卓が出てきました。それを見た時、父がこの電卓で一所懸命に仕事をしている姿が浮かび、さっきまでの自分の態度が少し恥ずかしくなりました。それ以来、どんなに喧嘩をしても、「お疲れ様」とねぎらいの言葉だけはかけるようになりました。 島根県 のぞみんママ(会社員)
  • 『初めてのボーナスで電卓を買った』 1956年生まれの私が高校卒業後に就職した会社で、上司が帳簿を付ける時に、スーパーマーケットのレジスターくらいの卓上電気計算機を「この計算機は高いんだぞ。」といって使っていました。あの計算機でかっこよく打って計算したいと思っていましたが、電気計算機は高額で初めてのお給料が60000円。少しずつお給料を貯めて、初めてのボーナスを足してやっと電子計算機を買えました。今では考えられない電卓の思い出です。 愛知県 トットばあちゃん(会社員)
  • 『猫の座布団』 20代後半、私はフリーのシステムエンジニアで、個人事業主として一応毎年、確定申告をしていた。ある時、自動計算される確定申告の計算を確認したくて、電卓をたたいていた。すると、電卓の上に載せた右手の上に、のそっと猫が座り、眼を細めてウトウトし始めた。猫の体温と重みは、雇用形態の不安や確定申告の焦りがあった僕に不思議な落ち着きを与えてくれた。不思議な猫の座布団は、20年経つ今でも現役だ。 千葉県 からくり太郎(会社員)

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Special Thanks

エピソードをご提供頂いた皆様本当にありがとうございました!

ちいさな山鳥(イラスト)/ mochimayu(イラスト)/ シゴトクリエイター 大橋弘宜(総合監修・Executive Producer)

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